2026年3月16日月曜日

科研費即時OA義務化への実務的な備え:無料で済ませるミニマム対応フロー

2026年度に採択される科研費から、学術論文とその根拠データの「即時オープンアクセス(OA)化」が義務付けられます。

以前のブログ記事(生成AI時代のオープンアクセス戦略)にも書いた通り、私がOAに関心を持った出発点は、「HTML形式で公開しておかないと、生成AIの調査対象に入りにくいのではないか」という問題意識でした。そのためAI向けのアウトリーチとして独自のHTMLリポジトリを構築したのですが、それとは別に、今回は「科研費の即時OA義務化」という制度面での対応も必要になります。もちろんルールは満たしたいのですが、国の方針を文字通りなぞるだけでは、現場の研究はなかなか回りません。

この記事では、2026年度に科研費に採択された研究者に向けて、調べてみると「実はそれほど大変ではない」とわかる現実的な対応策を共有します。私自身も手探りの部分が残っているので、より詳しい方がいれば、ぜひご指摘いただければ幸いです。

制度を読み解く中で感じた疑問と不安

ルールの詳細を確認していく過程で、率直に言っていくつか腑に落ちない点や、実務上の不安を感じました。

まず、情報の即時公開をそこまで重視するのであれば、プレプリントの公開こそ推奨・義務化するのが筋ではないか、という疑問です。プレプリントには触れないまま、査読付き論文の即時公開だけを求める設計には、やや一貫性を欠く印象を受けました。

実務上の不安として大きいのは、出版社のエンバーゴ(一定期間の公開制限)規定との衝突です。科研費のルールを優先するあまりエンバーゴ期間中に公開してしまえば、出版社との契約違反となり、違約金などのトラブルに発展するおそれがあります。

かといって、合法的に即時OAを実現するために「ゴールドOA」を選べば、雑誌によっては数十万円規模の論文掲載料(APC)が必要になります。基盤C程度の予算規模では、年間の研究費の大半がAPCに消えてしまうことも十分あり得ます。できるだけ費用をかけず、かつ契約上も問題のない形でこの制度に対応する方法が必要でした。

「Zenodoで要件を満たせる」という気づき

当初、私は「所属機関のリポジトリで公開しなければならない」と思い込んでいました。

前回の記事では、「AIに研究を認知させるという観点では、ZenodoにPDFを置くだけでは不十分だ」と書きました。しかし今回は、「科研費のルールという事務的な要件を満たす」という別の観点からシステムの仕様を調べていくうちに、重要な事実に行き当たりました。

必ずしも所属機関のリポジトリにこだわる必要はなく、制度上の要件を満たすだけであれば、これまで使った経験のある「Zenodo」で問題ない、ということです。JSPSの公式ページにZenodoという固有名詞が明記されているわけではありませんが、要件とされている「NII Research Data Cloudで検索可能となる情報基盤(KAKENデータベースへの入力による連携)」という条件は、DOIを発行できるZenodoで満たすことができます。

AI向けのフルテキスト公開は自分のHTMLリポジトリで行うとして、制度対応という目的に限れば「Zenodoで十分」というのが、私の辿り着いた結論です。

補足:JxivやResearchmapとの比較

なお、JSPSの公式ページでは、所属機関にリポジトリがない場合の代替手段として、JSTが運営する「Jxiv(ジェイカイブ)」への言及があります。Jxivは「プレプリントサーバー」と紹介されていますが、実際には査読済みの著者最終稿の登録も認められているため、論文の公開先としてルール上の問題はありません。

また、「普段業績を管理しているResearchmapに直接アップロードできれば一番楽なのに」と感じる方もいるでしょう。実際、Researchmap側でも2026年度に向けて、エンバーゴの解禁日設定など「即時OA対応のシステム改修」が進められているという情報があります。

ただし、現状のResearchmapには「研究者1人あたり1GB」という容量制限があります。将来的には改善されるかもしれませんが、今回の制度では論文PDFだけでなく、容量が大きくなりがちな「根拠データ」もあわせて公開・管理する必要があります。実用性と確実性を考えると、容量を気にせず一元管理できるZenodoを使うのが、現時点では最も現実的な選択肢だと考えています。

合法・無料・最小限で済ませる「ミニマム対応フロー」

高額なAPCを支払わず、エンバーゴのある非OA誌で論文を発表する場合の、Zenodoを使った最小限の実務手順は次の通りです。

1. 出版時の対応(データの公開)

まず、該当する「根拠データ」のみをZenodoに登録します。アクセス権を「Open Access(即時公開)」に設定して公開し、データのDOI(DOI-A)を取得します。

2. 出版時の対応(論文PDFのエンバーゴ設定)

次に、別のレコードを新規作成し、査読済みの著者最終稿(ポストプリント)を登録します。ここでアクセス権を「Embargoed Access」とし、出版社のエンバーゴが明ける年月日を指定します。あわせて、メタデータの「Related works」項目に先ほどのDOI-Aを入力し、データと論文をリンクさせます。これで論文側のDOI(DOI-B)を取得します。

3. 年度末の報告(例外理由の申告)

科研費のシステムで成果を報告する際には、取得したDOIを入力し、即時公開できない例外理由として「出版社のエンバーゴ規定のため」と記載して提出します。

エンバーゴ期間が過ぎれば、Zenodoに登録したポストプリントは自動的に公開されます。バージョンアップなどの追加作業は必要ありません。

お金も時間も最低限で済ませるために

これから初めて論文を出す学生や若手教員の方には、こう伝えたいと思います。

本当にインパクトが高く、費用に見合う価値があると判断できる雑誌であれば、そこに研究費を使う選択も十分あり得ます。ただ、日々の研究遂行に必要な資金を、出版コストのために無理に割く必要はありません。お金も時間も最低限で済ませる工夫を、早い段階で身につけておくことをおすすめします。

最後に残る課題は、「根拠データの公開」の実際です。論文のPDFだけでなく根拠データまで即時公開が義務付けられることについて、どこまでのデータが要求されるのかは、現時点では正直なところ未知数です。制度上は「投稿先ジャーナルの規定で公表が求められるデータ」とされていますが、実際にどのような生データやファイルをどこまで準備すべきかは、次に出版する際に改めて調べ、このブログでも紹介する予定です。


参考資料・リンク

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